夢の達成、消されないためには?

フリーライターを目指して修行中

私生活のこれまで

2017年6月某日、私は自分が今置かれている状況について、考え直してみたほうが良いのではないかと感じていた。人それぞれに、自身が置かれている状況について納得がいく、いかないという見方があると思う。私は、自分の今いる立場というものに、納得が半分くらい出来るというところである。今私は、これからの10年間というものに期待を持ってもいる。世の中に大変化が訪れるのではないかという期待をしている。それは、私自身がある夢を通して考えさせられたからだ。そして、多くの人にそれはかかわりの有る夢で、実現しそうにないとも思えるところが「考えさせられる所」である。

私はずっと昔から、今住んでいる二階建てのアパートに住んでいて、そのアパートの住人として暮らしているのであるが、その自室で寝ていた時に見た夢というのが、ずっと記憶から抜けずにいる。夢を見るというのは、誰でも寝ている時に経験しているものであると思う。私も毎日いろいろな夢を見ては、さだかではない記憶として忘れ去っていく。

話は1994年5月の後半という年月にさかのぼる。私は、とあるところからメッセージを受け取っていた。突然のことであったのだが、私はそのメッセージを受けとめ、その内容について考えていた。就職についての事なのでもなく、よくあるダイレクトメールのようなものでもない。お金のかかるようなものでもなく、支払いが関係しているものでもない。とにかく、私はメッセージを渡され、そして、それについて考えていた。その内容にもとづいて、私は行動していったのだが、それが私の人生の分岐点と言えたのかどうか、いまの今まで、はっきりとしたことは、私には分からないままのものである。ここにその内容は、書かないが、いつか書くことになるのかもしれない。

つい先日も、特に意識もせずに、ネットの書き込みをしていたのだが、それに対してすぐに反応を返してくれる男性がいた。それでも、最終的に、あまり良い印象を受けずに終わった。私は、そのような経験をしたために、ネットの上での発言というものをしばらく控えていた。多くの人に、自分の意見を聞いてもらえるのは、確かに良い面があり、良くない面もあると思う。私は、人との関係を築いていくのが、あまり得意なほうではないのだが、それでも、こうして公開すべくブログを書いている。今後の自分の立場というものも考えて、少しずつになるとしても、関係を築けることが「うれしい」と感じられるような態度を持ちたいとも思っている。私の書くことというのは、あるグループや特性の人には、分かりにくくて、別にどうでも良いということであろうと思う。私が今している仕事も、仕事仲間の内では、私はゆっくりなほうで、あまり得意な方面の仕事ではないと感じてもいる。私は、子供のころは読書が好きな面があり、よく本屋に通っていた。今でも、本は好きなのであるが。ほかの人は、どう感じているのだろうか? 読書好きで、それが仕事になればいいなと言う思いをもったまま成長し、いつしか、まったく読み物とは無関係な仕事を日々こなしていくというものは、どうなのだろう。書き手になりたいとも思っていたのだが、それは若かった私が小説を読んでいて、ある女流作家が自分自身がどうやって小説を書く事を仕事にしていったか、その夢を実現していったかという流れを書いていて、それがとても私は気に入っていたからで。私は、男性なので、そのような日常を送るには、少々、困難を乗り越えていくのに気後れもあり、出版社に原稿を持参してなどということには、至らなかった。今となっては、小説家にはなれずにいたままで良かったとも思える。当時は、小説家というものに対するイメージも、数冊の本を読んでみただけで、分かった気分にもなっていた私。社会風刺という意味があるという面は、あまり意識していなかった。自分自身が、読んでいる小説自体から、どれだけの影響を受けているかも、まったくと言って良いほど意識していなかったかもしれない。今、こうして思い返してみれば、文体の面白い小説があるということで魅力を感じていた本が、その女流作家のものだった。しかし、当時から世相もずいぶんと様変わりして、誰しもがインターネットを介して私文を公開していく時代となっている。このような時代が、これからも10年後も続いているだろうか? 

 売れる小説というのには、型があって、そのようなものが求められているらしい。編集者という職業の人たちがいて、どうすれば売れる小説が出来上がるか、日々作業を繰り返している。私は、そのような仕事には就かなかったし、ブログについても、まだまだであるのだが。しかし、日記なるものは、自分のパソコンのなかでずっと書くことができていた。こうして、自分の半生を振り返ると、どうやら大人しい本好きの人物像が浮かび上がり、あまり社会的成功を実現するため前面にどんどん出ていく事を求めるには至らない生活習慣を持っていることが、自分自身のことながら、うかがえる。内向的なのである。そして、私は自分が好きだったその女流作家の担当者の発言というのも、読んでいて、その作家先生のファンというのが「大人しい女性がおもなファン層」であると知った。今でも有名で、私は本屋でふと売り場の本棚を見上げると、その作家の新刊が並んでいるという状態を見るのである。それにしても、ずっと何事も無く、物事を見つめ続けて、本を出版し続けていくことが出来るのは、すごいことだとも思える。私に、果たしてそれが出来たであろうか? 大型書店には、売り場の本棚を埋め尽くすだけの本が有り、そして、毎日新刊と呼ばれる書籍がつぎからつぎに発売されていて、もしも自分があきらめずに物書きになっていたら、どうだったか? そんなことも考えるのである。私の中では、その作家の新作というものは、いつしか読まなくなり、ずっと昔のイメージが定着したままなのであるが。いや、数年前に、本屋で少し立ち読みしてみたであろうか。あいかわらずの文体でいて、私は本を買おうかどうかと迷っていた記憶がある。その作家のようになりたかったと、本人に言った女性もいたと書いてあった。私はどうであろうか? 私は自分自身の人生に忙しくて、小説家どころではないという感じであった。社会では、私が生きてこの年になるまでに、さまざまな事があって、それでも、まだ世界のなかで言えばこの国は平和でいて、漸減傾向という時代に突入していっていた。小説家を目指していたとしても、そのままずっと目指したままでいて、他のものにもなれないまま、今に至っていたであろうと思う。私の住んでいる町ではきょうは外では雨が降っているのであるけれど、あの作家はたぶん今もどこかの部屋にこもっていて、パソコンのキーボードを打ち、原稿を書いているのだろう。生きてこの年になれているというのも、最近の私が考えさせられる点でもある。そして、同時代を生きた作家という人がいて、若い頃に出会った作家のその後の人生のてん末も、小説を通して知ることもある。同じ国に生きていても、なんだか人からうらやまれるような職業に就いていて、それがずっと続いている人もいるのだなと思う。そして、その人に対するねたみも、送られてくるファンレターから分かるとも。私は友人に一時期、書いた原稿を読んでもらっていた事もある。それでも、ある時、もう小説家を目指すのはあきらめると伝えた。それを伝えた時、私は、「なんであきらめるのか」と否定的なことを言われたのが意外であった。この国は、私にとっては母国であり、生まれていままでもずっと海外に行ったことはないが、それでも夢を実現するほどの出来事は起こらずにいる。私は、原稿自体、あまり完成させてはこなかった。ようやくというか、私は自分の内面には、職業としての小説家にはなれるほどの書きたい何かが詰まっていないことに気付いたというか。でも、そういう気持ちになれたのだが、本物の売れている小説家は、よく取材をしてまわって題材を探して来ているという事実を知ったのである。そういえば、部屋に閉じこもっているばかりでは、アイデアも限界があるとは思う。でも、それと同時に、出版社の編集者や担当者との会議を顔を合わせてできる中央・東京でなければ、物書きの仕事は難しいとも遅ればせながら、知った。東京ならではの仕事と言えるのである。そう考えれば、今も地方の田舎に住んでいる私にとっては、あまり縁のない職業と言えよう。ファンタジーが書けるというわけでもないし。たぶん、ずっとブログを書くということでも、挫折を感じていくのだろう。そうか、私はこういう思考回路であるから、そもそも東京に出ていっていないし、賞を取るということもなかったのであろう。うつうつとしていて、じっとここで待つ。それも、ひとつの生き方でもある。