夢の達成、消されないためには?

フリーライターを目指して修行中

自業自得になりはしまいか

自分たちの時代に起きていることは、世界のすみっこに居る私が語るようなことでもないかもしれないけれど、偏りがあると思える。裕福な国というのは限られていると思うし、世界のなかでの貧しいひとびとの生活はとことん苦しいと思う。固定観念かもしれないが、寿命については日本は世界でも一番長生きの部類に入るほどである。私はずっとこの国に住んでいるので、海外を見てまわって来て語っているのではないが、本当の所は、どうなのだろうか? 日本人にとっては、一番安全なのは日本語が通じてそれでいて母国である日本である。それでも、自分の国が危険きわまりないので難民となって国外に出ていかざるを得ない国の人たちも大勢いると聞く。こうして書いているブログも、安全だから書いているので、それをもとに危険な目に遭うようなことがあるならできないのである。自由があるようでいて、それが本当の所はいつまで続くものなのかは未知数である。国内の会社が世界中に進出したりして、国外に自社の工場を建てて現地のひとを雇ってみていくという、賃金の安い場所に職場が移るという現象も起きている。それでも、いつまでもそこが給料が安いままではなかったので、もっと安いべつの国に工場をまた移転するということもして来ているようである。移って行ってしまうと残されてしまったのは大量の失業者である。一個人である私が心配してもどうにもならないが、なぜそのようなことになってしまうのだろうかと思う。そうした分野のことを心配しているひともいるということが、ここにこうして書いていく事で分かってもらえることもあるのだろうか? もっと詳しくいろいろと知っていれば、解決策なるものを提示できるものなのだろうか? そうではないかもしれない。

 

あっと言う間に過ぎて行く人生航路

いままで生きてきたことで、それまでの積み重ねで、今この瞬間がある。生まれてから、今に至るまでが、とても長いものであったとしても、もしくはそれほど長くは時間が経過はしていないという人も、同じ「今この瞬間」という時間を生きている。現代文明の恩恵を受けて、便利な生活をしていくことができている。世界全体がそうであるとは言えないけれど。このようなブログを書いていく事も、インターネットの世界がなければできない。私は、いまだにこれほど便利品に囲まれて生活をできる時代だというのに、武器ビジネスなんていう恐ろしげなものが物語の世界ではなくて現実社会でうごめいているということを本屋に並んでいる本から知ったのである。この世界に愛があるのなら、愛をより一層注目されているものとしなければならないと思える。住んでいる地域にかかわりなく、いつ何時、状況が一変してしまい、恐ろしい時代に突入するやもしれない。そのような出来事のための備えをしていかなければならない。気構えから始めたい。私は、今後の10年間というものが、それほど平穏なものになるとは思えない。自分個人の人生航路を振り返ってみると、今までの人生で最近の2007年からの10年間は、金融危機があったことがとても印象深かった。お金の面での大変化というものを経験していく人が多かった。情報を得てパソコンで金融商品の取引をするという時代であった。仕事をしていても、それまで順調であったはずの職場で、正当に支払われていた賃金を、言い方は違っても「返す」ことを求められて困っているという職場もあったらしい。10年間、思い返してみれば「適温」で生きていられない人生が世間には多かったように思える。その続きとしての今という瞬間があるし、これからはその続きの先にあるものである。どうであろうか? この先には、なにがあるのだろう? 忘れた頃に再度やってくると言われているものは、いろいろとあり不都合な結果が展望される。私は昔、時代の行く末を見すえた研究をしているという人がインターネットに公開していた、貴金属の金の値段が上がっていくという情報を読んでみて、それがインドの経済成長や、中国の消費が増えていることなど、理由はいくつもあり、そうなると書いてあったのがその通りになって行くのを見て驚いていた。でも、専門家の調査結果が事実を見越したものなのであれば、今後の人生の先にあるものは何かを知りたいとも思う。その参考にでもいいから、情報を得たいのである。そういう思いを持たない人はいるだろうか? 私はやみくもに、今後の10年間に大変化が来るという予想をしているのだろうか? 当てずっぽうに言っているとしても、江戸時代からの時代の変化や、産業革命の影響があった時期もあり、うまく時代の波に乗れた人は、大世界のしっぽをつかんだのではないか? 確かに、誰にも未来を人間には言い当てることは出来はしないのかもしれないが。それまでの普通であるとされていた物事は、普通ではなくなり、新しい時代が来ていた。未来予想図には、なにを描くことが出来るだろう? この2017年という年の前半が終わろうとしている日々に、われ思う、われあり。

極大化された誰かの影響力が世界を動かしているとしたら。私はたとえば自分が持っているパソコンに入力した文章がそのまま世界の秘密機関によって実行されていくという、いとわしい構図のパワーなるものが存在していることを察知しなければならないとも思う。実行ではなく、パソコンに書かれていく文章が採取されて収集・分析・分類されているというのはよく聞かれることでもある。パソコンというものが今から数十年前に発売されて、その基本構造はインターネットの世界ができてからさらに大きく変わって行った。場所という制約を超えて、情報を瞬時にやり取りできる。誰もが情報の発信者となれる。心にあるものが、手先の操作でパソコンを通して反映されていき、そしてまた逆に影響を受ける側にもなっている。「誰か」と言われるのは、大勢の操作者の集合体とも言えるものでもあり、傾向は世界に波及していくものと思われる。重い話ではないけれど、ひとりのひとが考え出して、パソコンを操作しているとして、同じようなことをしている似た考えの大勢の人たちがいて、それはあたかも集合した人たちがひとりのひとのように動いているものであり。ちょっと違うかもしれないが、実際の世界に与えるパソコンの世界の影響力というのは、あなどれないものがあるという事が言いたいのである。20年も前の時期では、日記をわざわざ公開してみるということは考えられないし、そういうシステムもないも同然だった。整ってはいなかった。現れた技術では、日本全体の人々の考えの「総和」を導き出せるかのようなものにもなっている。静かに進行中の情報革命である。目指すところはどこであろうか? 発信者がひとりであっても、それが極大化されていき、世界全体を動かしていくという考え方。大革命の前兆かもしれないし、そうでもないかもしれない。便利になっている分、その危険性というものに目が行っていないのではないかとも心配される。瞬時に伝わるという特徴もまた危険性を増し加えている。「インターネット集合層操作瞬時総和影響力」というものであろうか? 

 

態勢を立て直す

これ以上に進んで行ったとしたら、私としては新境地に踏み込んでいく事になるのかもしれない。小説家を目指すわけでもないけれど、でもどうやったら小説家になれるかを深く検討している人として。このまま何も小説らしきものを完成させないとしたら、当然ながら、読んでもらえるような作品を持たないのだから、小説家にはなれないだろう。単純ながら起承転結のある小説を書いている人の作品を読んだことがあるが、それは読んだ私にとっては、ずっとなぜか記憶に残ったままである。なんで忘れないかと言えば、理由になっていないかもしれないが、分かりやすくて、しかもへたな話に思えたのだけれど、がんばって書いているんだなという努力が読者である私には伝わったから。結局、読み手になってくれる人から、読んでストレスが発散できたとか、暗い気分が多少なりとも明るくなった、これからもがんばって作品を書いて下さいと応援の言葉をもらえるようになれないとダメなんだろう。私はそういうものが自分の手というものを通して書かれて、いまの時代はコンピュータを介していることが多いのだけれど、それでも読み手に伝わっていくものが、どういうものでなければならないかを検討していく必要もあるのだなと改めて思う。今夜も、買い物の帰り道で近所の少年に出会ったが、すこしあいさつなどしてくれる彼が、もしも自分の書いた作品を読むことになったら、私はどうしようという思いがあるのであるが。まだ、何かの小説というものをたくさん読みこんでいたりとかではなく、自分なりの小説というものへの世界観を持っていないであろう若い人にとって、初めて出会う長文のまとまった読み物というのが、私の文章だったらどうしようと私は不安にも思ってしまう。そんなことを私は心配しなくても良い状況ではあるものの、でも書き手としてそういう思慮分別となるものは持って行かなくてはならないと思う。売れるから、どうなっても良いから、という視点で物事を見つめては、ダメかもしれない。みんなが見ているから、こうしないといけないという部分ばかりを強調した文章が面白いかというと、そんな作品ばかりでは、ああこの人はこういう人でこんなことばかり書いているのだなという感想を持たれるだけかもしれない。若手の読み手に対しては、それがどれだけ人生の進路に影響をおよぼすかも、空恐ろしいものがある。リーマン・ショックという金融危機が起きたことがあるけれど、あれはもうかれこれ9年も前の出来事だけれど、ひとつのあやまちが大勢の人の生活を破綻させていき、ここ日本でも、やっていた自営業がうまくいかなくなってしまったりで、失業のストレスを経験した人も多かった。まだ私には記憶に新しい物事の中の一つではあるのだが。事ここに至って、態勢を立て直して、なんとか持ちこたえている人たちもいるであろう。それとも、多くの人にとっては、過去の歴史の中の学ぶべきひとコマになってしまったのだろうか? 私の手がこのキーボードをたたいて文章を作ってきているのだが、その手をみようという人がいるのだろうか? 理由はよく分からないが、単に興味があるから、物書きの人の手がこういう文章を連ねていく事をしていて、それで手を見たいという人がいるのかもしれない。それにしても、私は日記も書き続けているので、もうずっとキーボードを使用して来ている。このまま、何者にもなれないままで、インターネットの世界の波の中にうもれていくだけの文章を書いていく事になるのだろうか? それは、たぶん多くの書き手となる人たちに共通の悩みだと思う。私の家からバスで20分くらいのところにあるショッピングセンターがもうすぐ閉鎖される。そこに勤めていた人達というのは、たぶん失業する。どこに行くかといえば、私の家から歩いて20分くらいのところに中規模のショッピングセンターの新しいものがもうすぐ出来るので、もしかしたら、そこに職場を求めていく人たちもいるだろうと思う。全国規模の店が企業の上層部という少数の人たちの決定によって不採算店の閉鎖へと突き進んでいる。利潤を追求しているのだから、いたしかたの無いことでもあるだろう。見よう見まねの範囲内で小説というのも出来上がるものなのだろうか? 大きな店の経営が困難を極めるのだから、小説も書き手が筆の進め具合をうまくやって行かない事には、失敗にいたるものと思われる。インターネットの世界で成功しているように見える人達も、本当のところは、どうなのだろうか? どちらにしても、成功していくということは、失敗したくないというプレッシャーを感じるようにもなっていくだろうし。へたなことを書いてしまうのではないかとか悩んだり。何者にも成れないまま、ローマは一日にして成らずということわざを教えられ、そうか簡単にうまくいくはずが無いが、それでも続けていく事で何者かになれるかもしれないという思いを強くした一日である。それでも、目標を立てることも役立つはずではある。このまま何にも成れないままの期間が長くなれば、それは読まれもしないままの文章がただただ積みあがっていくだけの日々となるのだから。でも、最初は、それでいいかなという気持ちでもいいと思う。大先生にはなれないだろうし。なれるかもしれないがそれはずっと先の話である。上昇気流に乗って、行く先は高いところで。

性格など

誰でもあるような思考回路というものが、私には欠けているのだろうかと思わされることも多い。寝たまま果報を待つというのでは、いつまで経っても、何事も達成できないと聞いたときは、なるほどと思った。私としては、寝ているだけでも良い知らせが来てくれることもあるのではないのかとも考えていたふしがある。確かに、手紙を書いて誰かと連絡を取り合うにしても、まとまった文章を書きつらねていくにしても、多少なりとも時間はかかるし、寝ているだけでは何も進展は無い。完成されていて、しかも、本屋に多くの人の手を介して発売にこぎつけている本を読んでも、それを完成されるまでの紆余曲折は即座には見えない。私はもっと簡単に作家先生になれるものとも思っていたのに、長い時間をかけて学んだのは、そんなに簡単じゃないよと言う、当たり前のことだった。ある漫画家は、億円単位で収入があると言っているのだが、本当なのだろうかと私は少しうたがっていた。でも、私は毎週毎週の締め切りが10本はあるという情報を得て、それから少し計算してみた。すると、そんなに多くのページ数を描きこなせるとなると、やはり億円単位の収入があるというのは、あながちウソでもないことが判明したのである。1本が5ページから10ページの漫画作品で、一週間に100ページなら、月に400ページで、年間では5000ページほどになるのだから、なるほど人気作家の原稿料金ならば、年収では億円単位ともなるのかもしれない。他人ながら、多くの人がそのひとの漫画を好きで、そしてまたその人気漫画家もいつまでたっても原稿を制作し続けられるのだから、すごいと思う。自分も、そうなりたいという思いをいだいている人も多いかもしれない。それでも、私はその影響力というものが、受ける人にどういう結果を生み出させているかも気にしなくてはいけないのではないかとも思うのである。少なくとも、その作家の漫画を読むための時間は多大なものがあると思う。そんなに作品を量産できるものなのかとも、少し疑念もわくのであるが、結局、才能があるということなのだろう。人生をすべて漫画に投入しているのであろう。漫画作品というのは、起承転結などの作り方もあって、その型にもとづいて進展していくものだとは思うのだが。絵というかイラストにも作家独自の作風が表現されていて、それが好まれるという事でもあるのだろう。内容も、面白いということももちろん求められる。そういう意味では、漫画作品として、パーフェクトでなければ、売れないのかもしれない。私としては、そのようにあとからあとから出てくる新人作家に負けることもなく、よく続けられるなという思いもあり、新作を楽しみにする大勢のファンに支えられているのだろうなとも思う。途中でざせつするということは、なかったのだろうか? 私としてはミニ漫画を自作してみたりもするが、それでも、それが売れていくというのは、どういう過程をたどればいいのだろうか? そこでやはり結論めいたことを言うとすると、中央・東京都に行って売り込みをしていくのが最短なのだろうなということである。私は、東京からはるか離れた田舎に住んでいるし、それだけでなく、「売り込み」という話を持ち出すこともなく、今にいたっているのだから。売れるはずの無い要素を、いくつも持っているが、売れるという要素は、何もない。今後の自分の人生のなかで、何かを説明したり、ひとに伝えるべきことがうまく伝えられるようにという目的もあるのではあるが。これまでには、私はそのようなことをしてきたのかというと、いくらかはして来ているのである。小説では、今のようにインターネットの世界が発達していなかった時代に、私はまだまだ若かったのであるが、新聞の日曜日の投稿小説欄で自作の短編小説が採用されて、とても良い経験を出来たという記憶がある。それでも、ただそれだけのことでもあり、毎週の採用される中でのただ一作であるのだから、たいしたことないと言われれば、それまでである。作品の内容も、自分の思い付きであって、ある若者が突然特殊能力というか「書いたことが現実となっていく」という能力を活用して世界を変えたいというすじの小説であった。どこかで聞いたような内容だったのだが、採用してもらえたということは、面白いし掲載するだけの意味が見いだせる作品だと思われたのであろう。ペンネームも、「南」がどうとかと言った、変なペンネームを付けてしまい、本名が良かったのかなという後悔もした。なんだか、自分はどうだったかという点を振り返ってみると、「動き」は私にも確かにあるのではあるが、あるにはあるが実りが実感できていないというところかなと思う。もっと努力して、前面に出るという性格だったら、何か果実を得られていたかもしれないのだが。小学校の卒業間際のお別れ会の時のことをよく思い出す。私はただの観客側の人間で、私と遊んだりしていたある少年は出し物に積極的で人前でもダンスを披露したりと楽しんでいたのが印象深い。もう12歳くらいの時には、性格によって分岐点は来ているのかなとも思う。私としては、はやくに良い編集者に出会ったり、海外にでも出ていって作風をみがいたりして、何かしら突破口を開かねばならないのではないかとも思う。それには、引き換えにというか、見せ場も何もないものであるが、文章を書き続けて、誰かに作品を認めてもらえるように、努力しないといけないのではないかなとも思う。とある言い方では、「売り文」とも言うようで、売り出しにかかるほどの文章というのが書けないと、やはりだめなのかもしれない。結局、ここで私が思い出すのは、友人が言った一言、「なんでやめるのか?」という言葉である。私は、もう長らく公開用の文章というのは書いて来ていない。もうあきらめてしまおうという気持ちが強くなってきていたのもあるし、自分のパソコンの中だけでは日記のようなものは書いて来ていた。誰にも認められることもなく、それでも、何も本当のところは変わっていないのではなくて、日記を書くだけで気は晴れていた。まだまだできることはあるはずだということに気付かされるこのごろである。もしも、私がこうして書く文章にファンがついてくれて、私の助けをしてもいいよという人が現れたら、練習もかねて出版に向けて本一冊の分量の文章を書いていこうとも思う。そんなひとは、現れないかもしれない。私は自分が書いた小説が売れて、すぐにも人に認められるものとも勝手に信じていて、そして進んで行く事態を見て、ああ自分の思っていた通りになんてならないのだなと気づかされた。気づいたから、もうやめようと思ってしまったのか、単にパソコンの調子がおかしいのと他の事で忙しいのと、持病でなってしまった「そけいヘルニア」のただただ痛いという苦しみにさいなまされていたのとで、と考えてみたら、いろいろと執筆活動をさまたげる出来事が自分の身に降りかかって来ていたのである。私は、ある書物を読み、南へゆけとも、あるひとからのお告げで聞かされていた。そして、冗談は通用しないとも言われている。南へゆけという言葉が、今思えば、私が初めて新聞に投稿して採用されたときに自分の小説のペンネームに使っていた「南」を意味しているのかなとも思える。そこへゆけと言われても、私はどうしたらよいのだろうか? あの小説作品では、主人公が新聞記事を好き勝手に書きかえていったことが、すべて実現していくという、いま思えば、ものすごく現実には無理なことを描いているものだった。わたし自身に、そんな力が備わっていたとしたら、どうだろう。やはり、好き勝手に、物事に介入して変えてゆこうという思いが強く出た行動をとるかもしれない。私の最初の作品がそういう流れの話だったのは、自分で作れたのがそういう物語だったというだけのことである。若者が単純な思考回路で書いてしまったのだというか、何かが大きく変わろうとしていた若者である自分の未来と重ねていたのかもしれない。事態は、好転し、ハッピーエンドになって、終わって続いていくという物語。当時の私はその手の流れの話が好きだったのだろうなと思う。特に内容を誰からも批判もされなかったし、嫌な思いもしなかった。でも、作品の売り込みなどを出版社にしていくともなれば、冷ややかな反応というのもあるのかもしれない。私はダメ元でもいいからと何かをすべきだろうか? それとも、地道な執筆活動を続けて途中であきらめないで、成果がでるのを待つべきだろうか? はたまた、編集者自身を自腹で雇ってみて、私的に利用して作品を改善点の指摘をしてもらい、出版していくべきか? さまざまな疑問に答えるサイトを利用してみたら、たぶん、そんなふうな物書きとなっても、だめだとか無理難題だとか賞を目指してみたらとかグループに入会したらとか、そのような答えでうまくかわされるのがオチかもしれない。駄文を買ってくれる人なんていない。そういうことに気づかされるかもしれない。機転を利かせてみたり、人生を器用に生きてみたり。そういう人たちは、星のかずほど世の中にはいるのだろうけれど。詩文の場合は、昔は学問をしている人たちの発表の場があって、そこに出ていって作品を評価してもらってみたり、仲間内で相互に助けあって出版してみたりしていたらしい。いま有名になっているある人は、作品を手当たり次第にひとに売り込んで来ていたらしく、それがその人が当たりが出たような状態になっていった理由なのかもしれない。先人の知恵には学ぶことは多い。では、インターネットの時代には、どうなのだろうか? ネットでちょうどよく見つかったのが自分の本であったり、文章であったりと、次第に売れるようになるだろうか? こういう書き方をしたら、たぶんだめなのだろうなと思う。売れるか売れないかをえんえんと論じているだけでは、読む人は面白くもないだろうし、書き手は読者の人気取りを気にし過ぎである。実は、私も小説を書いて登録をするというサイトは知っているのだが、まだそこに登録されるような内容の作品を仕上げてみてもいないのである。他の人の作品というのは、すごいなと思わされるものも多いのであるが、しかし、私が読んでみてすごいと思うものが、売れる作品というわけではないようでもある。私はいまだに求められてもいないし、認められてもいない様子である。こんなことを書いていたら、ただの分からず屋のぐちだけになっていってしまう。友人も言っていたことではあるが、自分の得意技というものも、これまでに築き上げて来たものも、そういう分野がないことを悩むひとは多いと思う。では、小説家が売れる要素というのは、何であろうか? ひとつには、好きだから、という単純な理由である。食べるものや飲むもの、空気といったものは無くては生きてはいけないようなものではあるが、小説や漫画は無くても命を落とすほどではない。だとしても、人気作家ともなれば、サイン会には長いひとびとの列ができていくらしい。そういう独特の世界である。人気商売なのである。人気が売れ行きを左右している職業である。分析をいくらしてみても、同じ結果を得ることにはならない。ある人が成功したからといってそのあとをそのまま追って成功しようというのは、多くの人がやっているようでもあるが、その手はダメなようである。当たり前であるが、条件をいくら近づけても、まったく同じにはならないからである。面白くない話であるかもしれない。もしも、秘策があるなら、教えて欲しい。このようなまじめな路線では、ダメだろうけれど、もっと売れる話というのが、私はインターネットの自由討論の場に入室というものをずいぶん昔にしてみたのだが、いきなり「きわもの」のような話になったのでびっくりした。そのインターネットの会話には、だれでも参加できたのだが、そこから学んだのは、直感的に面白がらせるのは、「ふつう」の話ではだめであるという点だ。やはり、売れっ子作家の作品の強みには、人間の欲望の側面を追ってみたものがあると思う。でも、描いて表現するという点でも、人生でも、同様だけれど軌道修正は難しい。この人の作品が日本という国から無くってしまったら大変困るというくらいなら、買い手が現れるだろう。面白くなくても、反対に面白いとしても、作品の分量がかなり多くないと作家としてデビューも、そして続けるのも無理ではないか? 私はこのような執筆活動をやらなければならないからやっているのだろうか? 29連勝というニュースもすごいのだが。私は、自分の選んだ道のほうを進んでいきたい。売れっ子作家であれば、このニュースをもとにまた面白い漫画作品を描くのだろうけれど。私は前面に出ていって、リスクはないのかなとも考える。このまま何事もない人生というものが、大切ではあるものの、こうしてブログを書いていくことは、自分の思いの発表であって、インターネット時代には必要なスキルだとも思える。私の失敗は、これまで追いかけずにいたこと、放っておいたままの何かが、とても大切なものだったのではないかということである。これからまた、いろいろと私も考えたり体験したりと、思いを伝える努力をしていきたい。

こんなことばかり書いていたのでは、ダメだろうなという思いが強くなるばかりである。こんな私がどこから手を差し伸べてもらえるだろうか? 期待しているような成果は、あがってきていないし、今後も期待どおりにはいかないだろう。良い思い出を作るという方面で執筆活動というものを個人的にとらえていければいいかなとも思う。ずっと昔に、私は小説家という職業の人が書いた本の文章を読んで、当時の若かった私にはとてもおもしろい職業ではないかと思えたので、自分もそうなりたかったのだと思います。多くの人も、本好きの若者にはそうした路線の夢追いの時期があると思います。私は、私よりもずっと以前から小説を書いている人もいるのだろうし、ずっとたくさんの小説作品を書いて来ているひともいるのだろうと思います。宝くじと同じように。私とは違う別のひとが、ずっとくじを引いていてそれでもダメであったのに、いきなり私が当たりを引くというのは、どういう場合でしょうか? たくさんの作品を書いて、そして、少数のファンを得て、そして、それを継続していくという商業活動では、どうでしょうか? 分からない。仕組みが、いまひとつ説明できない。人気商売というのは、いわば宝くじが当たって、良かったという気持ちのようなものなのだろうか? 私の場合は、もう27年くらいは昔から小説の方面で読んだり書いたりもしている。新聞の投稿小説に採用されたというのが、私の場合は、「100万円当選した」というところだろうか? もうずいぶん過去の話になってしまっている。文章をこうして書くのは好きだし、これからもどこかで書いていくでしょう。

もっと努力して書いていて、取材もして、あらすじも書いて、プロットも打ち、登場人物の割り当てもして、会話を考えてみたり、外国語を取り入れたり、小説の書き方の本で勉強したり、そういう人もいると思う。本屋に並んでいる本がそういう本だから。でも、そういうのとは違うジャンルで、ちょっと努力して、もうすこしちょっと努力して、それが編集者に認められて、仕事をもらって、すぐに文章を書いて、それが成功していった人というのもいるらしい。違うのだろうか? 東京で編集者として出版社に勤めて仕事をしているとしたら、どういう書き手を求めるだろうか? やはり、直接会って仕事の打ち合わせが出来るというのは、すごく求められていると思う。東京では、当たり前の世界であっても、私はなにかとても遠くの生活空間で生きている人たちの、夢の達成の応援をしているだけであるような気もする。小説家のすそ野の一人として、夢のかけらのひとつにでもあずかれればいいなという感じだろうか。影も形も見えない、夢破れて去って行った人たちの仲間であるとも考えられる。もうこのような年齢ではダメかなと言うところにまで来てしまってもいるのである。自分については、人生の逆転判決というものがとある人から出されて、ファンも仕事も収入も、あげるよと言われて、私はもらうだろうか? ファンというのは、人から与えてもらえるようなものではないだろうし。仕事は、もらったとしても自分にこなせるだろうか? 収入は、人気商売というのは安定しないものであるが。なにがどう転んでも、いますぐに小説家として成功できるというものではないことは確かである。きっと私は何かになれないままの、ピーターパン・シンドロームの患者として生きていくのだろう。たとえ、私に誰かが質問を送り、どうやったら売れる小説家になれるか聞かれたとしても、小説の内容もそうだし、質と量だし、時間がたってから認められる人もいるし、売り込み先の反応もさまざまだろうし、結局、どうやったら売れるかはひとそれぞれと答えるしかないだろう。こればかりは、お金を出したからと言っても、多額の現金があるから良い小説が書けるものでもないし、ファンにただで読んでもらえば良いことだし、どうだろうか? 私には小説家としての成功というものの解決策は見当たらないのである。東京に出て、小さな安アパートに住んで、自炊したりして生活しながら、仕事は片手間でできるという飲食店のアルバイトで、そうした生活を続けながら売り込みをしていけるのだろうか? 私は売り込みをしていくというのも、口下手なので難しいと思う。では、どうしたら良いだろうか? メールの活用だろうか? それでも、作品がまずないことには、買い手もつかない。どうどうめぐりの迷路にはまり込む様子である。そうこうしているうちに、年を取って行き、夢から遠ざかって行き、となっていくのではないか? 多少なりとも認められて、そして、それなりの生活を送るひとも多いのではないか? 私は、成功した漫画家の作風とまったくもって似ているとしか言いようのない作風の漫画があるのを読んでみたこともある。二番手として、もしくは三番手として、成功者のまねをしている人というのもいるのである。でも、そこでも漫画家は芸大のような学歴があればより有利であるだろうし、文芸なら文系の大学を卒業していたら有利だろうという話は私も分かっているつもりである。やはりそうなのかと言っても、すぐにも大学の学歴が思い通りに手に入るわけではない。若い時に努力したことが、今になって役立っているという人もいるのである。こんなことがあとあとになってから、そんなふうに役立つということは知らなかったという発言もあるだろう。人と同じ普通のサラリーマン家庭ではなかなか奇異な職業である小説家にはなれはしないし、小説家の親がいて、そして子供も小説家という人はよくあるようなのである。なんで自分は、そういう方面で恵まれた家系に生まれなかったのかということを言い出しても始まらない。小説家というのは、小説が売れなければ収入にならないし、今の時代のように小説もただでインターネットの小説を読むというのが主流になれば、今までの有名作家はどうなるのであろうか? 模索するべきことは多いと思う。

私生活のこれまで

2017年6月某日、私は自分が今置かれている状況について、考え直してみたほうが良いのではないかと感じていた。人それぞれに、自身が置かれている状況について納得がいく、いかないという見方があると思う。私は、自分の今いる立場というものに、納得が半分くらい出来るというところである。今私は、これからの10年間というものに期待を持ってもいる。世の中に大変化が訪れるのではないかという期待をしている。それは、私自身がある夢を通して考えさせられたからだ。そして、多くの人にそれはかかわりの有る夢で、実現しそうにないとも思えるところが「考えさせられる所」である。

私はずっと昔から、今住んでいる二階建てのアパートに住んでいて、そのアパートの住人として暮らしているのであるが、その自室で寝ていた時に見た夢というのが、ずっと記憶から抜けずにいる。夢を見るというのは、誰でも寝ている時に経験しているものであると思う。私も毎日いろいろな夢を見ては、さだかではない記憶として忘れ去っていく。

話は1994年5月の後半という年月にさかのぼる。私は、とあるところからメッセージを受け取っていた。突然のことであったのだが、私はそのメッセージを受けとめ、その内容について考えていた。就職についての事なのでもなく、よくあるダイレクトメールのようなものでもない。お金のかかるようなものでもなく、支払いが関係しているものでもない。とにかく、私はメッセージを渡され、そして、それについて考えていた。その内容にもとづいて、私は行動していったのだが、それが私の人生の分岐点と言えたのかどうか、いまの今まで、はっきりとしたことは、私には分からないままのものである。ここにその内容は、書かないが、いつか書くことになるのかもしれない。

つい先日も、特に意識もせずに、ネットの書き込みをしていたのだが、それに対してすぐに反応を返してくれる男性がいた。それでも、最終的に、あまり良い印象を受けずに終わった。私は、そのような経験をしたために、ネットの上での発言というものをしばらく控えていた。多くの人に、自分の意見を聞いてもらえるのは、確かに良い面があり、良くない面もあると思う。私は、人との関係を築いていくのが、あまり得意なほうではないのだが、それでも、こうして公開すべくブログを書いている。今後の自分の立場というものも考えて、少しずつになるとしても、関係を築けることが「うれしい」と感じられるような態度を持ちたいとも思っている。私の書くことというのは、あるグループや特性の人には、分かりにくくて、別にどうでも良いということであろうと思う。私が今している仕事も、仕事仲間の内では、私はゆっくりなほうで、あまり得意な方面の仕事ではないと感じてもいる。私は、子供のころは読書が好きな面があり、よく本屋に通っていた。今でも、本は好きなのであるが。ほかの人は、どう感じているのだろうか? 読書好きで、それが仕事になればいいなと言う思いをもったまま成長し、いつしか、まったく読み物とは無関係な仕事を日々こなしていくというものは、どうなのだろう。書き手になりたいとも思っていたのだが、それは若かった私が小説を読んでいて、ある女流作家が自分自身がどうやって小説を書く事を仕事にしていったか、その夢を実現していったかという流れを書いていて、それがとても私は気に入っていたからで。私は、男性なので、そのような日常を送るには、少々、困難を乗り越えていくのに気後れもあり、出版社に原稿を持参してなどということには、至らなかった。今となっては、小説家にはなれずにいたままで良かったとも思える。当時は、小説家というものに対するイメージも、数冊の本を読んでみただけで、分かった気分にもなっていた私。社会風刺という意味があるという面は、あまり意識していなかった。自分自身が、読んでいる小説自体から、どれだけの影響を受けているかも、まったくと言って良いほど意識していなかったかもしれない。今、こうして思い返してみれば、文体の面白い小説があるということで魅力を感じていた本が、その女流作家のものだった。しかし、当時から世相もずいぶんと様変わりして、誰しもがインターネットを介して私文を公開していく時代となっている。このような時代が、これからも10年後も続いているだろうか? 

 売れる小説というのには、型があって、そのようなものが求められているらしい。編集者という職業の人たちがいて、どうすれば売れる小説が出来上がるか、日々作業を繰り返している。私は、そのような仕事には就かなかったし、ブログについても、まだまだであるのだが。しかし、日記なるものは、自分のパソコンのなかでずっと書くことができていた。こうして、自分の半生を振り返ると、どうやら大人しい本好きの人物像が浮かび上がり、あまり社会的成功を実現するため前面にどんどん出ていく事を求めるには至らない生活習慣を持っていることが、自分自身のことながら、うかがえる。内向的なのである。そして、私は自分が好きだったその女流作家の担当者の発言というのも、読んでいて、その作家先生のファンというのが「大人しい女性がおもなファン層」であると知った。今でも有名で、私は本屋でふと売り場の本棚を見上げると、その作家の新刊が並んでいるという状態を見るのである。それにしても、ずっと何事も無く、物事を見つめ続けて、本を出版し続けていくことが出来るのは、すごいことだとも思える。私に、果たしてそれが出来たであろうか? 大型書店には、売り場の本棚を埋め尽くすだけの本が有り、そして、毎日新刊と呼ばれる書籍がつぎからつぎに発売されていて、もしも自分があきらめずに物書きになっていたら、どうだったか? そんなことも考えるのである。私の中では、その作家の新作というものは、いつしか読まなくなり、ずっと昔のイメージが定着したままなのであるが。いや、数年前に、本屋で少し立ち読みしてみたであろうか。あいかわらずの文体でいて、私は本を買おうかどうかと迷っていた記憶がある。その作家のようになりたかったと、本人に言った女性もいたと書いてあった。私はどうであろうか? 私は自分自身の人生に忙しくて、小説家どころではないという感じであった。社会では、私が生きてこの年になるまでに、さまざまな事があって、それでも、まだ世界のなかで言えばこの国は平和でいて、漸減傾向という時代に突入していっていた。小説家を目指していたとしても、そのままずっと目指したままでいて、他のものにもなれないまま、今に至っていたであろうと思う。私の住んでいる町ではきょうは外では雨が降っているのであるけれど、あの作家はたぶん今もどこかの部屋にこもっていて、パソコンのキーボードを打ち、原稿を書いているのだろう。生きてこの年になれているというのも、最近の私が考えさせられる点でもある。そして、同時代を生きた作家という人がいて、若い頃に出会った作家のその後の人生のてん末も、小説を通して知ることもある。同じ国に生きていても、なんだか人からうらやまれるような職業に就いていて、それがずっと続いている人もいるのだなと思う。そして、その人に対するねたみも、送られてくるファンレターから分かるとも。私は友人に一時期、書いた原稿を読んでもらっていた事もある。それでも、ある時、もう小説家を目指すのはあきらめると伝えた。それを伝えた時、私は、「なんであきらめるのか」と否定的なことを言われたのが意外であった。この国は、私にとっては母国であり、生まれていままでもずっと海外に行ったことはないが、それでも夢を実現するほどの出来事は起こらずにいる。私は、原稿自体、あまり完成させてはこなかった。ようやくというか、私は自分の内面には、職業としての小説家にはなれるほどの書きたい何かが詰まっていないことに気付いたというか。でも、そういう気持ちになれたのだが、本物の売れている小説家は、よく取材をしてまわって題材を探して来ているという事実を知ったのである。そういえば、部屋に閉じこもっているばかりでは、アイデアも限界があるとは思う。でも、それと同時に、出版社の編集者や担当者との会議を顔を合わせてできる中央・東京でなければ、物書きの仕事は難しいとも遅ればせながら、知った。東京ならではの仕事と言えるのである。そう考えれば、今も地方の田舎に住んでいる私にとっては、あまり縁のない職業と言えよう。ファンタジーが書けるというわけでもないし。たぶん、ずっとブログを書くということでも、挫折を感じていくのだろう。そうか、私はこういう思考回路であるから、そもそも東京に出ていっていないし、賞を取るということもなかったのであろう。うつうつとしていて、じっとここで待つ。それも、ひとつの生き方でもある。